昭和49年、日本アニメ史黎明期における記念碑的作品『宇宙戦艦ヤマト』の放映がスタートしました。
『ヤマト』は2つの意味で革命的なアニメでした。
まずひとつ目は、松本零士氏と『スタジオぬえ』により、驚くほど細密に作り込まれた作品世界が、当時としてはすべてにおいて圧倒的だったことです。
ギラつく夕陽を背にしてそびえ立つ赤サビに侵食された戦艦大和という画面のインパクトは、お茶の間に強烈な印象を残しました。
2つ目は、70年代後半のアニメブームの先駆けとなったことです。
その表現の革新性ゆえか、本放映時は視聴率の平均が6%と振るわなかった『ヤマト』ですが、再放送で人気に火が付つき、熱狂的な「アニメオタク」第1世代として、アニメ製作者を志す無数の若者を生み出す役割を果たしたのでした。
まさにタイトルにふさわしい流れといえるでしょう。

当時中学生だった庵野秀明少年も、故郷の山口で毎週テレビに喰い入るように放送を見守ったひとりでした。
第1話に衝撃を受けた彼は、親にテープレコーダーをねだり、2話からカセットに音を録音、なんと最終話まで台詞をそらで暗誦できるほど完璧に覚えてしまったといいます。
いまなお庵野監督は、自らを『ヤマト』の正統な継承者だと自負しています。
そして実際に、『ヤマト』と『エヴァンゲリオン』には、色濃い影響関係が認められるのです。

この2作品の類似点は枚挙に暇がないほど数多く散見されますが、ここではその主人公像に注目してみたいと思います。