庵野監督に多大な影響を与えた漫画家・諸星大二郎氏に、『生物都市』という他に類を見ないほどの独創性に溢れたSF作品があります。
宇宙から地球に帰還したロケットの内部から突如として奇妙な病が発生し、それに罹患すると、有機物も無機物もすべての物が融合してひとつの生物となってしまいます。
ロケットが探査に向かっていた星は、あまりに過酷な生存環境ゆえ、生物は延命のための手段として、そうする他なかったのです。
この奇病が、瞬く間に地球に広がり始めます。
当然、この未知の事態に人々は恐慌状態に陥り、さながら阿鼻叫喚、地獄絵図の様相を呈するようになるのです。

ここで人が何らかの手段をもって安易に外敵を撃退してしまうと、従来型の凡庸なジャンルとしてのSFに収まってしまうのですが、諸星氏は恐るべき想像力でその先に向かいます。
なんと、すでに融合生物になってしまった人々は、苦しむことなく、むしろ言いようのない幸福感を味わっているのです。
これは、『エヴァ』における、『人類補完計画』と相似的なアイデアではないでしょうか。

そもそも、“人類”を“補完”するということは、どういうことなのでしょう。
補完とは欠落を埋めることです。人間は弱い存在で、ちょっとしたことで絶望し、他者を傷つけてしまいます。
人類の歴史とは殺戮の絶えざる繰り返しです。
では、なぜ人は苦しみを感じ、殺し合うのでしょう。
それは自我があるからです。
自我があるからこそ、万物は互いに対立するのです。
では、自我はどこからもたらされたのでしょう。
神に禁じられていた『知恵の実』をエヴァが食べてしまったことによってです。
それゆえ、アダムとエヴァは楽園であるエデンから追放され、「原罪」を負わされてしまったのです。
つまり、「罪」とは「神に背くこと」であり、自我は「罪」とワンセットになっているのです。